国賠ネットワークについて

国賠ネットとは

■ 警察官にひどい暴力を振るわれたら、無実の罪で逮捕され、何年も拘置所につながれてしまったら、あなたはどうしますか?怒りや無念さはどうして晴らせばいいのでしょうか?
■ 自分の身にそんなことは起こらないと思っているかもしれません。しかし警察官や検察官は、ひとを逮捕したり監獄に入れたりする、大きな権力をゆだねられています。それが逸脱して間違った使い方をされることは、決して珍しい話ではないのです。
■ 日本では戦後、<国家賠償法>という法律ができ、国や地方公共団体の公務員が違法に損害を加えたときは、国などが賠償の責任を負うことになっています。その国家賠償を求める裁判が、<国賠(コクバイ)裁判>です。
■ しかし、実際には国の過ちを認めることになる国賠裁判は、なかなか勝てないのが現実です。一私人対、メンツを懸けて臨む巨大な組織。そして、法務省の意向が気になる裁判官たち・・・・。国賠ネットワークはこの現状をなんとかしようと、国賠裁判に関心を持つ諸個人の、ゆるやかなネットワーキングを目指しています。

■ 人権と国家賠償 ■
国家賠償裁判は、一個人が国家を相手に、公権力の違法・不当な行使を糾し、謝罪や賠償を求める訴訟です。
民主主義国家は国民の信託を受けて、いわば《必要悪》として権力を持つことを付託されています。逮捕、拘留、捜索、起訴・・・・・・これら公権力の行使は、時として過ちを犯します。だからこそ、その監視機能と人権の回復や補償を定めた、憲法第17条「何人も、公務員の不法行為により損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体にその賠償を求めることがことができる」が生まれたのです。
この憲法を受け、国家賠償法第1条は、「国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」という制度的補償を設けました。戦後の第一回通常国会(1947年)でのことです。
しかし、この法制度の理念は、いまもって実現されてはいません。国家は個人の人権よりも、治安や秩序の維持に偏重しています。国賠裁判においても国側は「権力犯罪」の証拠を隠し、その立証を原告に負わせている現状では、公権力の誤りを明らかにすることが極めて困難になっています。
それでもなお、個人の人権が無視され、奪われたことに対して、現在、多くの国賠裁判が闘われています。
それは、自分の尊厳を犯された無念からだけではなく、その裁判過程を通じ国家の犯罪を明らかにし、加担した公務員や行政当局を裁くことが、権力犯罪の再発を防ぐ歯止めになると考えるからです。しかし国賠裁判はとても厳しく、限界もあります。この社会の、国賠を取り巻く全体状況が変わっていかなければ、この国の「人権の貧困」から抜けだすことはできません。国家が犯した誤りに対し、国が謝罪し、賠償することは当然であるとする社会的な潮流を作っていきましょう。
私たち「国賠ネットワーク」は、さまざまな人権侵害の闘いの支援や情報交換、裁判技術の経験交流、相互の傍聴、緊急の抗議行動やアピール、国連の規約人権委員会へのカウンターリポート提出などを行っています。
人権が、この社会の一人ひとりの財産となることを目指して、広く市民の参加を求め、マスコミをはじめ、学者・法曹関係者と一体となって、国賠裁判を勝利していきたいと考えています。
冤罪が起こり続けることを許さない、公権力による弾圧や犯罪を許さない、泣き寝入りしない・・・・・、人権を基調とするゆるやかな繋がりのネットワークに、あなたをご招待します。