裁判傍聴はこうして

 国賠ネットワークの活動の一つに参加している国賠裁判相互の傍聴があります。裁判公開の原則のもとで、裁判の傍聴は誰にも認められた権利です。さまざまな国賠裁判の具体的な進行をリアルタイムに知ることができます。法廷傍聴は裁判と私たち市民との接点といえるでしょう。もちろん、映画館や美術館のように入場料は取られません。広い建物は冷暖房完備です。そうありながら、日常的に裁判所へ通い慣れている人は多くありません。裁判を傍聴することには何か高い障壁があるような感じです。それを確かめるためにも、ぜひ裁判所へ足を運んではいかがでしょうか。法廷の傍聴席に座り、裁判の進行をつぶさに傍聴することは興味深いものです。ここでは国賠裁判の傍聴について、体験的に要点をまとめてみます。

 まず、どの裁判が何時、何処の法廷で行われるかです。国賠ネットワークでは参加している国賠裁判が開かれ、「ぜひ傍聴して欲しい」という案内が「国賠ネットワーク」通信や、ホームページの「最新情報」に載っています。たとえば、「東京地裁709号法廷で、m月d日の11:30~」というように法廷と開廷日時が書かれているはずです。

 東京地裁は地下鉄の「霞ヶ関」駅近くですが、各地の裁判所へのアクセス方法は www.courts.go.jp/ の「各地の裁判所」に案内されています。東京地裁は東京高裁と合同庁舎です。歩道から入ったところから庁舎内では写真撮影が禁じられています。ビル内へ入る際の入口は2種類あり、裁判所関係者や弁護士の入口と一般の私たちの入口があります。後者では、空港の搭乗口にあるような金属探知機をくぐり、鞄などの手荷物はベルトコンベアに載せられ、X線透視されています。中・高校生など団体の見学もここを通ることになるので、一時的に長い列ができて待たされることもあります。開廷時刻が近づいている場合など、イライラすることになるので、10〜15分の余裕がほしいところです。1階ロビーの奥中央に、案内デスクがあり、法廷への行き方を聞くことができます。また、当日に開廷される法廷と事件名などを一覧表できる事件表のファイルを見ることもできます。

 エレベーターで7階(709号法廷なので)に上がり、709号法廷の廊下に向かいます。法廷の入口には、「当事者入口」と「傍聴人入口」がありますが、後者から入ることになります。入る前に、廊下の壁に、その日の法廷のスケジュールが書かれています。事件番号、訴訟の種類、原告、被告、そして裁判所の民事XX部、裁判官、書記官氏名などが掲示されています。念のため確かめて、これを書き取っておくと報告を書く時には重宝します。入口の扉にはのぞき窓みたいなものがあり、ここから法廷内をのぞくこともできます。通常は法廷の進行に関わらず、傍聴席への出入りは自由にできるようだが、テレビカメラが入って映像を2分間撮るような場合は制限があるかもしれません。

 さて、裁判傍聴になる。法廷では向かって奥の少し高い位置に裁判官が座る。手前の平場に左側に原告、代理人が、右側に被告、代理人が座る。国賠裁判の被告、代理人は国、公共団体の代理人だが、たとえば、富山冤罪事件・氷見国賠裁判では富山県、国などの代理人合計16名が毎回居並ぶケースもあります。

さて、いよいよ法廷で傍聴です。裁判は細かく手順を踏んで進んでいるので、時によっては、書面が提出されて、「原告の準備書面XX、陳述でよろしいですね」と裁判長が言って、代理人が「ハイ」と応え、後は、次の期日の調整など、数分で終わってしまう場合もあります。他方、証人尋問が行われて何時間も、午前と午後に行われる場合もあります。この辺の進行具合は、前回の傍聴報告や、今回の傍聴呼びかけから、進行具合を想定して出かけるのが良いかもしれません。また、次回開廷が告げられるので、同じ事件を継続して傍聴すると、内容の理解も深まると思います。

 それらの様子を理解するために国賠裁判の大まかな流れと特有の用語を挙げてみましょう。国賠裁判は民事訴訟法にもとづいて進行します。裁判所は原告と被告という当事者双方の主張を聞き、当事者の提出した証拠を調べます。裁判所が事件を調べることを審理と呼び、法廷でする審理を口頭弁論と呼ぶそうです。法廷で行われていることは、この口頭弁論と判決の言い渡しです。当事者でない人が裁判を見ることを傍聴、見ている人が傍聴人です。裁判官が証拠や法律を尊重しないで好き勝手に裁判することがないように、公開の法廷で公正な裁判を行うように監視するのが、傍聴人に期待されているのだと思います。傍聴人は公正な裁判が行われるように立ち会うという役割を持っています。

 傍聴人は法廷で録音したり、写真を撮ったりすることは禁じられています。メモをとることは自由です。以前はそれも禁じられていたのですが、米国人弁護士ローレンス・レペタさんの「メモ採取不許可国家賠償(昭和63年(オ)第436号)」の最高裁判決で、1989年より、解禁されています。最高裁は国家賠償の請求は退けたのですが、「筆記行為の自由は憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない」として、メモを取る行為自体について、「故なく妨げられてはならない」、「メモを取る行為が法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には、それを制限又は禁止することも許されるが、そのような事態は通常はあり得ないから、特段の事由がない限り傍聴人の自由に任せるべき」と判示しました。レペタさんのお陰で、メモがとれるようになったのは日本人として恥ずかしいことながら、傍聴人として裁判に参加する身にとってはとてもありがたいことです。